変身6

 

 

「はぁはぁ……どうしよう皆やられちゃった」

ハチワレ猫のトンカツは窮地に追い込まれていた。ミケ捜索が難航しており、取り敢えず広場に戻ったところ、偵察に来ていた丑組の先鋒部隊と鉢合わせしてしまったのだ。

 

「まさか集会広場まで丑組のやつらが攻めてきてたなんて…」

「逃げなきゃ……で、でもこのままじゃ先輩たちが死んじゃう。やっぱり戦うしか…」

 

「お、おい…逃げろトンカツ」

傍らに倒れていた先輩猫が、弱々しい声で言った。

 

「先輩!大丈夫ですか。い、今助けますから」

 

「行け!」

 

「え!?」

 

「俺はもう動けん。お前一人なら逃げ切れるかもしれない。そして親分にこのことを伝えるんだ」

 

「いや、でも、僕があいつらを倒せば…」

 

「お前じゃ無理だ。寅組の中心地にたった三匹で攻め込んでくるような奴らだぞ。俺たち捜索班じゃ十匹いても倒せるかどうか……やはり戦わずに逃げておけば」

 

「おい!何をごちゃごちゃしゃべっているんだ!」

「安心しろ、そこのチビも逃がしはせん!」

そう言うと一匹が、じりじりとトンカツたちに近づいてきた。

 

「早くいけ!」

 

「う、うん」

 

「逃がさねえって言っただろうが!!」

その瞬間、その猫がトンカツ目掛けて飛びかかってきた。

 

「くそ」

先輩猫は最後の力を振り絞り、敵猫の前に立ちふさがった。

 

「この死にぞこないが!!」

〝ズシャッ!〟

強烈な右前足が先輩猫を切り裂いた。

 

「ぐわっーーー!!」

 

「せんぱい!!」

「う、うぐっ…だめだ走らなきゃ!」

 

「おいおい、どこに走るって?」

 

「えっ!?」

いつのまにか敵猫の一匹がトンカツの背後に回り、行く手を阻んでいた。

 

「そいつも黙って倒れていればいいものを。馬鹿な奴だ」

 

「先輩を馬鹿にするな!」

 

「くっくっくっ。その威勢がどこまでもつかな」

三匹は前後からゆっくりとトンカツに歩み寄ってきた。

 

「くぅぅ…」

 

「よし!やっちまえ!!」

 

(やられる……)

と、その瞬間!聞き覚えのない声が辺りに響いた!

 

 

 

「まてぇぇぇい!!!!」

 

 

 

(えっ?)

 

「誰だ!?」

その場にいた全員が声の方へ振り返った。すると見たことのないのろまそうな猫がこっちへ向かって走ってきていた。

 

「何だてめぇは!寅組のもんか!」

丑組の一人がそう言うと、そのまぬけそうな猫は息を切らしながらこう答えた。

 

「はぁはぁ…違うぞ。私はその子を救うヒーローだ!」

 

「何言ってんだてめぇ!」

「おいチビ。お前の仲間じゃねえのか!?」

 

「ち、ちがいます」

トンカツも全く知らない猫だった。

 

「ふん、まあいい。そこのアホ面もまとめてやっちまえばいいだけだ」

「おいっ!」

そう言うと丑組の一匹が、自称ヒーローと名乗る茶トラ猫に飛びかかった。

 

「覚悟せい!!」

 

「まっ、まて!走ってきたばかりで疲れてるんだ!」

 

〝シャッ!シャッ!〟

するどい爪が茶トラ猫に襲いかかった。

 

「うわっ!おい!一旦落ち着け!」

茶トラ猫はギリギリのところで避けていたが、徐々に追い詰められていった。

 

「おいおい、あれじゃあ時間の問題だな。お前も残念だったな最後に助けに来たヒーローがあんなへっぽこで」

 

「うぅ……。あっ!」

 

〝ズルッ〟

頑張って避けていた茶トラ猫は疲労が溜まっていたのか砂に足を取られ、スッ転んでしまった。

 

「終わりだーー!!」

鋭い爪が今度こそ茶トラ猫を引き裂こうとした。が、

 

「まだだぁ!!」

何と茶トラ猫が地面の砂を掴み、相手の目を目掛けて投げつけたのだ!

 

「ぎゃー!目がーー!!」

 

「よしっ。そして頭突きじゃあ!!!」

 

〝ドスン!〟

 

「ぐわーーー!」

 

「何だと!!」

見ていた丑組の二匹はその光景に驚愕した。そしてそれはトンカツも同じだった。

何せ砂を投げつける猫など聞いたこともないからだ。

 

(ま、まさか彼が……ミケさん?いやでも…)

 

「お、おい。まさかあいつがジャックさんと同じ〝目覚めし猫〟のミケなのか…?」

「いやしかし聞いていた模様と違いますぜ」

「じゃあ何か!?他にも〝目覚めし猫〟がいたっていうのか?くっ、こんなの予定外だ!」

「ここは一旦引きやすか?」

「………いやまて。そういえば聞いたことがある。目覚めし猫は日を追うごとに強くなると」

「えっ?」

「つまり熟練度があるんじゃないかってことだ。あいつは確かに得体が知れない。しかし途中まで追い詰められていたのも確かだ。あれがジャックさんだったらああはならない。一発で返り討ちにする」

「た、確かに」

「奴はまだ力を扱いきれていない可能性がある。だからやるなら今がチャンスってことだ」

「なるほど!」

「いいか、奴が投げる〝砂だけに〟気をつけろ。目に入らなきゃどうってことはない」

「わかりやした!」

 

彼らの発想が〝そこ〟に至らないのはしょうがないのかもしれない。

 

「おい貴様。俺たちはそいつのようにはいかないぜ!」

 

「ほう、私の華麗な戦いを見て怖気づかないとは。勇気があるのか、それとも愚かなだけかな?」

(ふー、危なかったー。しかしあいつら、砂を投げただけで相当驚いていたな。よし次は〝あれ〟でいこう)

 

何せ、初めて目覚めし猫と相対するのだ。

 

「粋がりやがって!よし、やっちまえ!!」

 

「へっへっへっ。来い!」

(これが手ごろでいいな)

 

そして彼らは普通の猫だ。

 

「おりゃーーー!!!……って何だそれは!?」

 

そう、石ころを投げてくるなんて発想に至らないのはしょうがないのだ!

 

「これは、石ころだー!!せいっ!」

 

〝ヒュン!ヒュン!〟

〝ゴン!ゴン!〟

 

「ぐわーーーー!」

「うわーーーー!」

 

「よし!うまくいった」

 

(す、すごい!!)

 

そうしてやってきた茶トラ猫は、丑組の三匹をあっという間に倒してしまった。

 

(ミケさんがいない今、彼が仲間になってくれれば……)

 

「おい!」

 

「わっ!」

いつのまにかその茶トラ猫がトンカツの目の前にいた。

 

「怪我はないか?」

 

「は、はい」

 

「それは良かった!」

 

「あ、あの~あなたは一体……」

 

「ふっふっふ」

不意に茶トラ猫は笑い出し、そして高らかに名乗りを上げた。

 

 

「私の名前は明石太郎だ!君たち寅組を助けに来た!」

 

終わり。