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(うむ。なれてくると猫の姿の方が快適だな!)
明石太郎は早くも猫の体に順応していた。
(しかし、これだけ自由自在に動き回れるのならば、こんな狭い部屋ではなくお外で遊びたくなるなぁ)
明石太郎は外出することにした。しかしそれには問題があった。
(玄関のドア、どうやって開けよう?)
(まあ鍵はなんとかなるとして、、、)
明石太郎は三回目のジャンプで鍵をひねることに成功した。
(ここからが問題だ。ドアノブを動かしながら、この重い扉を開けるには猫のままだと中々に骨が折れるぞ、、、)
まず彼はドアノブにぶら下がりながら、振り子の要領でドアを蹴飛ばしてみた。
(………)
ビクともしない。そもそも物理法則的にこの方法は可能なのか疑問に思えた。
次に紐でドアノブを固定しようと試みたが、愛くるしい肉球が邪魔をしてこれも失敗に終わった。
その後も色々試したが、人間社会を猫が生き抜くのは難しいという現実を突き付けられただけだった。
(くそう、諦めるしか、、、いや待て!ドアがだめなら窓があるじゃないか!)
明石太郎はすぐさま窓の側に駆け寄った。
窓を覆う黄ばんだカーテンを爪で開けると、そこには丁度猫一匹が立てるスペースがある。明石太郎はそこに立つと、すっかり慣れた手つきで鍵を外した。
(こんな簡単なことに気づかないとは、まだまだ冷静さを失っておるな)
客観的に見ると明石太郎は冷静沈着である。なぜならば猫に変身したにもかかわらず、「どうやったら元に戻れるだろうか?」ではなく、「お外で遊びたい!」等と呑気に思案しているからである。
しかし、自身の現状に全く不安がないのには理由があり、実は先ほどまで明石太郎が見ていた夢が原因であったが彼はそのことをすっかり忘れていた。
(いや、何にせよやっと外へ出られる)
明石太郎は窓を掻くように開け始めた。
何度も繰り返しているうちに少しずつ隙間ができてくる。
(よし、もう少しで隙間に手が入るぞ)
猫に変身した明石太郎がさらに手のスピードを上げようとしたとき
「ドンドンドン!!」
不意に玄関の扉が叩かれた。そしてさらに聞きなじみのある声が聞こえてきた。
「あかし!(ヒック)」「あかしたろう!!(ヒック)」
「せいぎの、、なのもとに(ヒック)この大家!、、さまが(ヒック)家賃!を、とりたてにきたぞ!!(ヒック)」
明石太郎は彼のへべれけな言葉遣いに呆れて物が言えなかった。
(さてはあの男、昨晩から酒を飲んでいたな、、、)
明石太郎は無視してまた窓の方へ体を向けた。が、その瞬間「ガチャン!!」と勢いよく扉が開かれた。
(しまった!鍵を開けたままだった)
そして思わず扉の方を振り返ってしまった。
開け放たれた扉から、千鳥足の大家さんが一升瓶を携え部屋に入ってきた。
そして朧げな視線が茶トラ猫を捉えた。
(うっ、やばい、、、)
ここ最近の大家さんは家賃戦争のこともあって改心をし、それに伴い悪政と評判だった取り決め”生類憐みの令”も緩和されていたのだが、さすがに犬や猫を飼うことは禁止されていた。
「んー?、、、なぜ猫がこんなところにいるんだ(ヒック)」
大家さんはゆっくりと、ふらふらとした足取りで茶トラ猫に近づいた。
(やばい、今の酔った大家はなにをしでかすか分からんぞ、、、)
(ゆっくり、ゆっくりと窓を開けて逃げなければ!)
明石太郎はそっと窓を開け始めた。
(よし!隙間に手が入った。これでグッと開けれ……)
「この阿保猫がーー!!!」
先ほどまで千鳥足だった大家さんが顔を真っ赤にして、一升瓶を振りかぶりながら明石太郎めがけて走ってきた。
「にゃにゃーー!!(なにーー!!)」
「にゃにゃ!にゃにゃにゃにゃ(まて!落ち着け)」
「にゃーにゃー、にゃーにゃーうるさいぞ!!吹き飛べ!!」
(くそっ!)
明石太郎は窓の隙間に手を入れると目一杯力をいれた。
「ガラガラガラ!!!」
勢いよく開いた窓から明石太郎は外へ飛び出した。
しかし、赤鬼と化した大家さんの金棒(一升瓶)は思いのほか迫っており、茶トラ猫のお尻に直撃した。
「にっ!ににゃーーーーー!!」
茶トラ猫は勢いよく窓から吹っ飛んだ。
(あの男本当に殴りやがった!だが落ち着け、まずは受け身を取らなければ)
明石太郎は空中で体勢を整え着地に備えた。しかし明石太郎は忘れていた。
極々たまにしか開かれない、あかずの窓の先にブロック塀があることを、、、
「ドスン」
下ばかりに気をとられていた茶トラ猫は頭からブロック塀にぶつかった。
そして彼は気を失った。
終。
おまけ1
ご覧いただきありがとうございます。前回も今回も当たり前のように途中で区切らせていただいておりますが、、、
この「変身」。このペースで書いていたら一体いつまで続くのでしょうか、、(笑)
まあ気長に書き続ける所存でございますが、このお話ばかりだとつまらないので、次回はまた違う内容を書くかもしれません!
おまけ2(懺悔室)
ギフトショップにて5月からお出ししている”煎茶あんこ(粒あん)”の中身を「こしあんでございます」と、間違えてご案内したことが何度かありました。
仏様申し訳ございませんでした。
終わり。