怖い話

明田 太郎(仮名)さんの投稿

 これは数ヶ月前の出来事です。

 その日は珍しく仕事が定時で終わり、帰って一杯やろうかと考えていました。ただお酒だけでは物足りないので、「つまみに映画でも」と思い立ち、近所のビデオ屋に寄ることにしました。

 私は映画好きだったこともあり、そのビデオ屋にはよく通っていて、店長とも仲良くなり映画について語り合ったりしていました。

 しかしその日は、いつもレジカウンターにいるはずの店長がおらず、代わりに見たことのない30代後半くらいの男がレジカウンターで俯きながら何か作業をしていました。

「あれ?今日は休みかな」と思いつつも、その男に「店長、いらっしゃいますか?」と聞いてみると、男はゆっくりと顔を上げ、ボソッと「いいえ」とだけ答え、また俯き作業を始めました。普段なら「愛想悪いなぁ」と思うのですが、その時だけは変な違和感を覚えました。

 まずその男の顔ですが、とても特徴のない顔で肌は青白く、目も虚ろで焦点がどこにも合っていない印象を受けました。さらによくよく店内を見回すと他のお客さんが一人もいないのです。

 確かに、このお店は大型チェーン店などとは違い、この地域にしかない小規模なお店でしたが、それでもこの時間帯ならそれなりにお客さんもいるはずなのです。

 何か冷ややかな空気を感じましたが、気にしてもしょうがないので借りる映画を探し始めました。5分くらいして「あっ!そういえば前借りれなかった映画あるかな」と前回の記憶を思い出し、置いてある棚に向かいました。

 見てみると空のケースしか置いておらず、「もしかしてずっと返し忘れてるんじゃ、、」と思い、気は進みませんでしたが、あの店員に聞いてみることにしました。レジカウンターの方へ振り替えると、
私は思わず”ギョッ”としてしまいました。

 そこにはあの店員が、体は正面のまま頭だけが違う方向を向き、一点を凝視していました。その時だけは焦点が合っていたような気がします。

 その光景に一瞬固まってしまいましたが、何を見ているのか興味が湧き、店員が見ている方向に目をやりました。そこには(中古品販売)と書かれた棚に古いDVDが置いてありました。

 私は店員のことなど忘れ、何かに魅入られたようにそこに近づきました。その時点であのDVDを手に取るのは必然だったのかもしれません。

 置いてある品はB級映画や聞いたことのないアーティストのライブ映像など様々ありました。なんとなくその棚を見ていると、一つ奇妙なDVDが目に留まりました。真っ黒なケースに赤い文字で「怖い話」と、書いてありました。

 私は斬新なパッケージに興味を惹かれ、購入することに決めました。レジカウンターに向かうとあの男はまた俯いていました。「すみません。これ下さい」そう言うと店員はゆっくり顔を上げ、「○○円です」とバーコードも読み取らず、ボソッと呟きました。

 その瞬間、「この店員が見ていたのは棚全体ではなく、このDVDだったのではないか」と思い、借りるのを躊躇しましたが、なおさら何が映っているのかという好奇心の方が勝り、会計を済ませました。

 家に帰るとまずお風呂に入り、軽い晩御飯を済ませ、あのDVDを見ることにしました。買ってきたビールを開け、「怖い話、、、ホラーだよな」そう思いながら再生し始めました。私はホラーが苦手ではなかったのですが、ビデオ屋での出来事と相まって、ちょっとビビっていました。

 映像はメニュー画面も何もなく、いきなり本編が始まりました。

 映っていたのはどこかの森の映像、よく見ると真ん中に古い井戸があり、思わず「リ〇〇?」と声を出してしまいました。しかしその有名な映画とは違って、一向に何も起こりません。一応時間は経過しているようで、静止画ではありませんでした。

 5分経っても何も起こらず、気持ちも冷めてしまい、「消そうかな」とリモコンのボタンに手を伸ばした時「ペタ」と何かの音がテレビから聞こえてきました。

 慌ててテレビを見ると井戸の縁に手が掛かっておりました。そして次第に井戸の中から白いワンピースを着た女性が這って出てきたのです。
「うわっ!!!」私は声を荒げてしまいましたが、一旦落ち着いて見届けることにしました。

 女性は少しづつ井戸から出てきており、完全に出ると今度はゆっくりとこちらへ近づいてきます。

「、、、まさかな」

 画面の中の”それ”は、おぼつかない足取りで近づいてきます。一歩、二歩、、、

 残り十歩ほどの所まで来てしまいました。

「まさか、、偽物だよな、、、、」

 九歩、八歩、七歩、、、そのあたりから何か本物めいたものを感じ始めました。

「ま、ま、待ってくれ」しかし”それ”は止まりません。そしてゆっくりと青白い手がこちらに伸び始めました。

「もう無理だ!!!止めよう!!」そう思い、停止ボタンを押そうとした瞬間

「ガガガガガ、、、、」と、テレビから故障音が鳴り出し、そこで画面も止まってしまいました。
「、、、こ、故障?」「それとも、終わった、、、のか?」「何はともあれ助かった」
 
 丁度”それ”が画面に触れるくらいで映像は止まっていました。

 私は落ち着きを取り戻し、気が抜けると、何だか催してきました。「取り合えずトイレに行くか」そうしてビデオをそのままにし、部屋を後にしました。

 帰ってくると映像はまだ井戸の画面で止まったままです。
「ふー。今日はもう寝よう、、、、、、、、あれ?、、あの女性は?」テレビには森と井戸しか映っておらず、あの女性はいませんでした。
「まだ続きがあったのかな?」私は深く考えるのをやめ、眠りにつきました。

 次の日、私は朝早く出社すると、早速同僚のAに昨日の出来事を話しました。
私「本当なんだって!〇〇グみたいな映像でさぁ」
A「どうせ、誰かが作った偽物だろ」
私「まぁそうだけど、本当リアルなんだって!そうだ今日仕事終わったら、うちに見に来いよ!」
 Aは中々首を縦に振りませんでしたが、私の熱弁に負け、泣く泣く承諾しました。

A「わかったよ、終わったら行くから。そのかわり酒でも奢れよ」
私「よし!絶対面白いから、期待しとけ!」昨日の出来事が嘘のようにわくわくとした気持ちで、仕事に取り掛かりました。

 思ったよりも早く仕事が進み、今日も定時くらいで帰れそうでした。
私「A、終わりそうか?」
A「まだもう少し掛かりそうだ。まぁ、切りの良い所で終わらせるから、先帰って準備しててくれ」
私「わかった!酒も買っとくよ!」そう言い残し、会社を後にしました。

 スーパーでお惣菜やビールを買い込み家まで歩いていると、途中あのビデオ屋の近くを通りました。
「そういえば今日は店長いるかな?いたらあのビデオについて聞きたいな」そう思い、立ち寄ろうかと考えましたが、今日はAが来るのでまた時間のある時に寄ることにしました。

「ガチャ」鍵を開け家に入ると、早速買ってきたお惣菜を用意しました。「いやぁー見てたらお腹空いてきたな、、Aには悪いけど先に一杯やろうかな」私はビールを一本取り出し、先に頂くことにしました。

「ゴク、ゴク、ゴク、、ぷはぁ~」「仕事終わりのビールは最高だ!」

「ゴク、ゴク」「ゴク、ゴク」「ペタ」「ゴク、ゴク」「ペタ」

「あれ?」ビールを飲む音の合間に何かが歩いている音が聞こえてきました。その音は隣の部屋から聞こえてきます。そして、こちらへ近づいていました。「ペタ、ペタ」「ペタ、ペタ」「ペタ、ペタ」

「ガチャリ」

 その音は明らかに隣の部屋を開けた音でした。そしてその音と共に汗がブワッと吹き出しました。
「嘘だろ!!、、、まさかあの時」考えたくはありませんでしたが、「昨日画面から女性が消えていたのは、映像が進んだからではなく、画面から出てきたってこと!?」

「ぷつん、、、」そんな事を考えていると今度は部屋の明かりが消えてしまいました。
「うっっっ、、、」いきなりの停電に叫びそうになりましたが、今叫ぶと位置がばれてしまうと思い、声を押し殺し、慌ててテーブルの下に隠れました。

「ガチャリ」今度はこの部屋の扉を開ける音がしました。
 そして「ペタ、ペタ、ペタ」もう、すぐ近くにいるような気がします。「やばい、、逃げないと」しかし足が震えて力が入りません。「くそ、動いてくれ」そう思った刹那

「プルルルル!」近くに落ちていた携帯が鳴り出しました。件名はAと表示されていました。

「A!!」そう喜んだのも束の間、携帯の光に照らされた”あれ”が、目の前に現れたのです。

 真っ赤な口がニヤッッッと笑っており、目は白い部分が無く、真っ黒で穴が開いているようでした。しかし焦点は私と合っているような気がしました。

「うわぁぁぁぁぁ!」私は急いでそこから走り出しました。「早く外へ出なきゃ!!!」体中を壁にぶつけながら、玄関に向かいました。

 ところが玄関に向かっているはずが、違う部屋に辿り着いてしまうのです。
「あれ!?なんでだよっ!」
 寝室、トイレ、洗面所、そして最初にいたリビングと、いつまでたっても着きません。

 さらに「ペタ、ペタ」と、ゆっくりとした足取りのはずの”あれ”が、常にすぐ後ろにいるような気がします。「dzxぇxyあ」と、何か言葉らしきものも聞こえてきました。

「もう、、無理だ、、」そう諦めかけた時、「ピンポーン」と、インターホンが鳴りました。
「ハッ」と、その音で我に返ると、手で何か金属に触れているのに気づきました。それは、玄関のドアノブでした。いつの間にか扉の前まで来ていたのです。

 私は急いで鍵を開け、外へ出ました。
A「どうしたんだよ、部屋も真っ暗で。電話したんだぞ!」
私「A!!あ、あいつが、、あれが、、」「お前の家に泊めてくれ!」「きょ、今日は!!」
 
 その時のAは私が何を言っているのか、さっぱり分からなかったそうですが、私の様子があまりにも変だったので、私を取り合えずAの家に連れていってくれたそうです。(その事は全然覚えていませんでした)

 翌日、私はずっとAの家に居るのも申し訳ないので、あのビデオ屋に行くことにしました。ビデオ屋に着くとその日は店長がいました。

店「あれ、久しぶりじゃない」
私「あの、、今日はお聞きしたいことがあって」私は一昨日ビデオ屋に来てからの事を店長に話しました。

「ん~、おかしいなぁ、そんなDVD置いて無かったと思うが」そう店長は言うのでした。そしてあの時いた30代後半くらいの店員のことも、知らないと言うのです。

 その後、私は店長を連れて自宅へ帰りました。扉を開ける瞬間「あの顔がまた目の前に現れるのでは」と思いましたが、それも杞憂に終わり家には誰もいませんでした。DVDはまだ置いてあり、再生してみましたが、砂嵐の「ザザザ」という画面しか映りませんでした。

店「確かにパッケージには、うちで取り扱ってるマークが刻印されてるな、、、」「取り合えずこれ、近くのお寺に持っててみれば?」私は頷き、お寺で供養してもらうことにしました。
 
 お寺に着きお坊さんに渡し事情を話すと、すごく怪訝な顔をされました。ですが供養が終わると「もう大丈夫です」と言われ、さらに「しかし一年くらいは、あなたが見た”何か”が近寄らないように、これを持っていてください」と、紐の束のような物でできた人形を渡されました。

 それからは人形の効果もあってか、普段通りの生活をしております。

〈追記〉

 そういえば二つほど話してなかったことがあります。

 一つは、あの時Aがすんなり私の事を受け入れてくれた理由ですが。私の様子の他に、私が扉を開け出てきた瞬間、聞いたことのない掠れた女性の声で「で、れ、た」と聞こえ、今私の家に入るのは、まずいと思ったからだそうです。

 そして二つ目は、「何故、数ヶ月前の事を今になって書いているか?」という事ですが。

 最近、あの人形が何処かへ消えてしまいました。そして外を歩いていると、あのビデオ屋の男に似た何者かを目撃する事が多く、必ず真っ黒の目でこちらを見ているからです。

終わり。