金木犀が散ったのはいつのことでしょう。
桜のように盛大に散りゆく姿を見せる花もあれば、隠れて匂い、
人知れず散りゆく花もございます。
晴れの姿を見ることもままならず、最期すら見届けられない
なんて、こんな心残りがございましょうか。
いよいよ外套の必要な時期となってまいりました。
日の陰りも早うございます。
どうかお早くご帰宅くださいませ。
寝起きで、わたくしの言葉など水上の耳に届いてはいないと
思っていた伊織でございます。
手入れの届いた庭でさえ、春夏の賑わいに比べれば静けさを
たたえているものです。
木々花々もまた、口をつぐんで寒に耐えるものなのでしょうか。
常緑樹の緑や冬咲きの花々の色が無いわけではございませんが、
それでも、幹が透かして見えるバラの茂みなどを目にいたしますと、
どことなく寂しさを覚えてしまいます。
花は姿が見えなくとも、その香で存在を教えてくれるものは
少なくありません。
ひっそりと隠れ咲くことを美徳とするのがそれらの木々の類の
性分なのでございましょうか。金銀の木犀に習うように、柊も
また白い顔を隠して咲いておりました。
しかし、香りをたどってようやく見つけたというのに、鋭い
葉にさえぎられて、ちいさな花を愛でるのは容易ではござい
ません。
鬼を遠ざけるために用いられるほどの葉でございます。
「寄るな、遠くでも香りは届くだろう」
とでも言いいたいのでしょうか。
それとも可憐な白い花の姿のとおり、盾と矛に守られた
お嬢様かお姫様でもあるのでしょうか。
窓外へ、ただ香りを振りまき助けを求めるなんて考えますと、
古い絵本にでも物語が見つけられそうですね。
さぁ、外套は執事がお預かりいたします。
紅茶とバラの香気でお出迎えいたしましょう。