「ちょっと寒いな・・・。」
この大きなお屋敷の門の前、少しかじかむ手を我慢しながら、
私は警備の一人として、秋空の元、薄手のコート一枚で立っていた。
目の前に広がる木々達は、早くも紅潮したように葉先を染め始め、
この国の芸術的なまでに美しい季節の移り変わりに
心を通わせていたのも束の間、さもしい自分を心の水面に移されて、
比較できないほどちっぽけな身分を憂いた。
そっと隣に目を配らせてみると、そこには顔色ひとつ変えずに
背筋を伸ばしたまま立っているもう一人のコート姿の男がいた。
「あいつ絶対懐炉を背中に貼ってるだろ・・・。」
「一枚ぐらいくれてもいいのに・・・。」
「でも、言い出せない。あいつに借りを作ると厄介だし・・・。」
などと、さっきの憂いは、徐々に相方への謂れの無い誹謗中傷へと
変化してゆき、今や私の心は枝から枯れ落ちる寸前であった。
「何をぼぅっとこっちを見ている。」
と隣の男は強い口調でこちらに声をかけてきた。
「もうすぐ来客のお出ましだ。我等は門番であり、屋敷の顔である。
そんな間抜け面では屋敷の品格を疑われるぞ。」
はいはい。と気迫の無い相槌を打っていたとき、道の向こう側から
車が近づいてくる音が聞こえてきた。
さっと襟を立て直した私の横を、高そうな車が減速していく。
そして、私に向かって、
「政府の高村です。」
と律儀に自分の写真つきIDカードを提示してきた。
私は先ほど確認した時間と、面会の時間が寸分違わなかったこと、
今朝見た来客リストと顔、ID、フルネーム共に正確であったことを
1秒以内に認識した上で、極上の作り笑いと共に言葉を返した。
「かしこまりました。ただいま門をお開けいたします。」
とまぁ、こんな具合に一日の活動の半分は門の警護、
残りの時間は雑用もろもろと、下っ端の仕事を毎日宛がわれている。
不満があるわけじゃないが、ここに入る前はもっと希望に満ちていた
気がする。
お嬢様の身の回りの世話。
執事との細かい連携の取れた仕事。
そして指導者としての自分・・・。
決して華々しくは無くとも、誰かのために誠意を尽くす職に憧れ、
ここの門をくぐった日が懐かしい。
今では、当たらずとも遠からず、確かな手ごたえなどほとんどないが、
なんとなく誰かの役にはたっている。
実にぼやけた日常だった。
『手ごたえが欲しい』
以前私の目標だったあの人は今はもういない。
彼に助けられたあの日、そこに見出した私の目標は、
砂上の楼閣だったのかもしれないと、
私の目の前であんなに優雅で気品溢れる給仕を行っていた
それは泡沫だったのかもしれないと、
答え無き禅門答を繰り返し、薄れる理由から夢を搾り取り、
ここまで何とかやってきた。
でもここまで。
所詮しがない私の経歴では大した仕事を任されることも無く、
指導者など夢のまた夢であった。
がむしゃらに走ってきた日々は、秋の枯れゆく木々のように、
徐々に様子を変えながら、やがては散りゆくのだろう。
私の眼前に広がる景色は、何処までも穏やかで、
目の前に立ちはだかる屋敷の門は、いつまでも閉じたままだった。