ご機嫌麗しゅう。
隈川でございます。
幼いころ、飛んでゆく風船が恐ろしゅうございました。
まだ力を込めるのが下手くそな私のちいさな指から逃げるのはさぞ簡単だったのでしょう。ふわふわふわふわ。
別れのあいさつのように細い紐をぶらつかせながら、どこまでもどこまでも高く昇り、空に吸い込まれてちいさくなってゆく赤い風船。
もちろん空の高さも恐ろしかったのですが、もう二度とあの風船と会うことができないんだ、風船は僕のせいでいなくなってしまったんだ、という不可逆性がなによりも怖かったのでしょうね。
しばらくの間、空に向けてゆっくりと落っこちる夢をみてはうなされては目を覚ましておりました。
お嬢様はご幼少のころ、恐ろしかったものはございますか。
…え?
お嬢様が危ないことをなさったときに「本気で怒った爺や」が怖かった、ですか。
あぁ、私はそのころの藤堂執事を存じませんが想像すると、ふふ。
なんだか、良うございますね。
隈川