日誌

ご機嫌麗しゅうございます、荒木田でございます。

私には一つ、絶対に忘れられない景色、というものがありまして。少し、その話をしたく。

これは私がお屋敷にお仕えするよりも、ちょっぴり前の話でございます。

9月の中頃でしたでしょうか。私は北海道の稚内におりました。

東京は猛暑日という中でも、北海道の最北、それもバイクで風を切って走るなどすれば、涼しいを通り越して最早寒い。限られた装備で出来うる限り最大の防寒対策を施しアクセルを捻ります。

まァバイク旅というのは、春夏秋冬古今東西、いつだって艱難辛苦に見舞われるものでございます。

とはいえ気分は上々。なにせ、憧れの宗谷岬に行けたばかりなのですから。

 

 

 

 

 

日本本土最北に位置する宗谷岬は、全国のライダー・旅好きたちの憧れの地でございます。当然私も、例に漏れず。

果ての果てまで来たぞという達成感、のみならず、貝殻が敷き詰められた「白い道」を始め、蝦夷鹿が群れ、大草原が広がる宗谷のその日本離れした大自然に圧倒され、喜びを噛み締めておりました。

 

 

 

 

 

さて、そんな喜びも束の間に向かったのは、稚内よりフェリーで西に2時間ほどの小島、礼文島でした。

 

 

 

 

 

特に理由があったわけではありません。当然、予定があったわけでも、島に何があるかも知りません。目の前にフェリーがあった、だから乗った。一人旅というのは、そういうものでございます。

 

 

 

 

ゆらり揺られて小一時間。島に着いたらバイクに跨り、船内で調べた観光情報をもとに簡単に島内を散策いたしました。温泉に浸かり、ほっけのちゃんちゃん焼きに舌鼓を打つ(バイクさえなければ、ビールも合わせてもっと楽しめたのですが!)。ウム、出だしは好調。

とはいっても、もう日も傾きかけでしたから、観光も程々にキャンプ場に向かい、テントを貼って夜に備えます。明日になったら、じっくり腰を据えて島内を遊び回ろう。そう決心し、地図を開いた時、一つの思いが頭をよぎりました。

……そうだ、星を見に行こう。

実は私、星空が大好きでして。

よく小さな頃は『銀河鉄道の夜』や『星の王子さま』を読んでその情景に胸を躍らせたものです。限らず、ありとあらゆる創作物で描かれる“満天の星空”に惚れ惚れとしておりました。

しかし、都会の夜は、星空を楽しむには眩しすぎます。ジョバンニとカムパネルラの旅する星々の海は、いつだって私の頭上の寂しい宇宙にはございませんでした。

ですから私は、人里離れた山奥や田舎の明かりが少ない場所に行っては首を上に向け、或いは地面に寝そべり、星を眺めるのです。

ずっと憧れ続けている“満天の星空”を夢見て。

さて、ここは礼文島、ただでさえ周りに光が少ない離島です。きっと、最高の星空が見られるのではないか。

閃きのままに、テントから這い出てバイクを走らせます。目指すは礼文島最北スコトン岬。島の中でも抜きん出て暗く、三方が海に囲まれ遮蔽物がない絶好のロケーション。

走行中のヘルメットから窺い知れる星空にはできる限り目を向けないようにして、岬に到着いたしました。キャンピングチェアを広げ辺りを見回すと、人っこ一人いない岬には当然街灯も民家も無く、先ほどまで煌々と光っていた月も、今や海の下。

場所は完璧、時は来たれり。いざ、顔を挙げてみれば。

広がっていたのは、どうにも筆舌に尽くし難いほどの、文字の通り、絶景でございました。

漆黒とは、過ぎれば青を帯びるのでしょうか。

一雫の藍色を落としたような宇宙の黒は引き込まれそうなほど深く、夜の海の水平線との境界を失くしたそれは恐怖すら覚えるほど、蠱惑的です。

そして、そんな上等で魅力的な宇宙の墨を下品なまでに塗りたくる光の粒の数々が、なんと美しいことか。

真っ黒なテーブルクロスに牛乳を零してしまった、そんな文学的表現をすんなり飲み込めてしまうような、淡く白い光の帯。ミルキーウェイとは、うまいことを言ったものです。

夏の夜空の代名詞たる大三角は明るく光る星々の中でも一際強く輝き、北斗七星とカシオペア座から導き出した北極星は、ひっそりと、しかし力強く指針たる堂々とした煌めきを誇り。そんな真っ白な光たちの中で異様なオレンジの光を放つ蠍座のアンタレスは今にも西の海に沈みそうで、北東の空を見やれば、すばる・プレアデス星団は7個ほどの星粒が寄り添っておりました。

そして、そのもう少し東の空に漂う淡い靄、アンドロメダ銀河とアンドロメダ座。二つのアンドロメダは、夏の終わりを彩り、秋の到来を感じさせる星々。

それはまさしく、あの日あの時、夢見た光景でございました。忘れられない、忘れようにも忘れられない、美しい思い出でございます。

そして一つ、腑に落ちました。

宮沢賢治も、サン=テクジュペリも。こんな美しい星空をきっと見ていたのであれば、成程あれだけ美しい物語を紡げるはずである、と。

 

長々と昔話にお付き合いいただきありがとうございました。

11月25日、時任執事とオリジナルカクテル『アルフェラッツ』をご用意いたします。

透き通った秋の夜空で輝く二等星、アンドロメダ座α星-Alpheratz-の輝きをイメージしたショートカクテルでございます。

アンドロメダ座は、もともと日本を含め東洋では奎宿(とかきぼし)と言われ親しまれてきたそうですが、一説によると、奎宿は文章を司る星なんだとか。

「ほんとうの天上へさえ行ける切符」や「かけがえのない一輪のばら」に想いを馳せるお供としてぴったりな一杯をお作りしてお待ちしてございます。私が見た礼文島の星空を少しでも共有できれば。どうぞお楽しみくださいませ。

余談ですが、私もお屋敷にお仕えして一年半ほどになります。

ついに普段のお給仕以外でティーサロンに立つことになるとは、中々に感無量でございます。最近は新しい使用人たちも増えましたから、そろそろ私も先輩らしいところをお見せしなければなりませんね!

……え?
同期の椿木は一年以上前に初めてのオリジナルカクテルを作ってるし、最近でもエクストラティーをご用意したり、紅茶やワインの資格も取得したりと向上に余念がないのに、荒木田は一年半も何をやっていたんだ、ですって?

…………失敬!ドヒューン