昔過ごした場所がどうなっているか、時折ふと気になる時がございます。

伊織でございます。

 

都会は都会で、田舎は田舎で、年月が経っても意外と大きく印象が変わらない場所がほとんどなのかもしれません。

わたくしが生まれ育った町も、お屋敷を取り巻く大都会も、変わってはいるけど変わってはいない、そんな感じがいたします。

変わったところが目につくと同時に、変わっていないところを意識的に探してつなぎ合わせて、変わっていないあの頃のままにしたいと願っているのでしょうか。

 

変わってほしくないなと思うのは、ただただ自身の記憶との差違を拒むだけのわがままなのでしょうか。

 

わたくしが留学していた小さな町は、当時からすでに時代の中に取り残された、というか、ある一定の時点から近代化を拒み続けているという印象の田舎町でした。

当時いまだにヒッピーがサンダルを手にして裸足で町中を歩いていたり、そんなもんだから商店の入り口には「Shoes Required」のサインが出ていたりしたものです。

世界中どこにでもあるような大フランチャイズすら1店舗もなく、ファーストフード店ですら個人経営のお店しかありませんでした。

 

あの町は今も変わらず何十年も前から姿を変えずにあるのでしょうか。

足を運んで自らの目で確かめる機会がつかめぬまま、まだ何年も疑問を抱き続けるのだろうと思います。

現代的なテクノロジーを駆使すれば、今の町並みがどんな様子かなんて確かめるのはいとも簡単なことだとは知りつつも、そんな技術で町を盗み見るのはあの古くさくて頑固な町の意思に反するように感じてしまうのです。

 

あの町に住んでいた人がみんな変わらずそこにいるだなどとは信じていません。ただ、せめてうわっつらの風景だけでも変わらないでいてほしいと思うのは、やっぱりわたくしのわがままなのだろうと思います。