敬愛せしお嬢様へ
時勢もありまして、ご別邸での生活も増える中、
休館日も多くご不便をお掛け致します。
使用人たちも互いに弁え、
以前は時間があれば食事会を開いたり、パブに繰り出していたものでしたが、
ここ暫くは休日も個々で過ごすことが殆どでございます。
皆と杯を交わす楽しみは、世が落ち着いたときの楽しみにとっておきまして、
まぁ一人の時間も時には大事なものでございますから
好きなお酒と好きな食事だけをたっぷり用意して、
それを独り占めできる優雅な食卓を楽しむと致しましょう。
せっかくなら美味しいものを食べとうございます。
何を食べたいかと自らの心に問いかけましたら、ビーフシチューとの返事が返ってきました。
何故でしょう。シェフのビーフシチューが恋しいのでしょうか。
まぁ、ここは自室なれば自力でどうにかするしかございません。
幸い、市場とは親しくしておりますので
手頃なお肉とお野菜は常備してございますから、
早速下ごしらえしてまいりましょう。
玉ねぎニンジンジャガイモブロッコリーアスパラガスと刻みまして、ジャガイモとアスパラガスは下ゆでを少々。
お肉も適度に刻んで塩コショウ。更に薄力粉をうっすらとまぶして
バターをたっぷり熱したフライパンで、弱火からジワジワ強火へと、色の変化を確かめながら軽く焼いて参ります。
このへんで、良き香りも漂いますれば
当然、猫たちが足元で騒ぎ始めます。
キッチンに飛び乗ろうと頑張ったり、飼い主のズボンに爪を立てて背伸びしたりと、お肉に興味津々の様子です。
しばらくはじゃれるに任せてあげますが、
あまり夢中にさせて火傷をしてもいけませんので
いよいよキッチンテーブルにお手々や顔を覗かせるようになったならば、ちゃんと叱ってあげましょう。
長男を両手で鍋の上に抱き上げて
「悪戯者はグツグツ煮ますよ?」と脅してみましたら
…なんか喉をゴロゴロ言わせてますね。
抱っこして遊んでるわけではないのですが。
もう一匹。次男のほうは、私が手を伸ばした時点で危険を察して逃亡していました。
怒られそうな気配や空気を読むのに長けた次男は
こんなときいつも、野生をどこかに忘れたらしい長男を囮に、さっさと安全圏のキャットタワーから成り行きを見守っております。
長男のほうもキャットタワーにぽいっとダンクシュートしておきまして
ほどよくお肉が色づきましたら
お鍋には、お湯を煮立てまして
猫ではなく野菜を入れてもうひと煮立て
ここでお肉やブイヨンを投入しましてから
いつもなら赤ワインなど入れるところですが
今日は敢えて。某社の黒ビールをたっぷりと注ぎ入れます。
そう、今日は「牛肉の黒ビール煮込み」を作るのです。
お肉料理に良いローリエの葉をお鍋にヒラヒラと入れたら、あとはひたすら弱火で煮込むだけでございます。
キッチンに椅子を持ち込んで、片手で執務を進めながら、ときおり鍋の表面に浮かぶ灰汁をすくうこと
3時間。
もっと煮てもよいのですが、さすがに飽きました。
トロトロに煮えたお肉と、トロリと仕上がった黒ビールシチューを器に盛り付けて。
適温に整えておいた、シチューにいれたのと同じ黒ビールをゆっくりグラスに注ぎます。
そして。
別に取っておいて細か目に刻んでおいた牛肉をカリカリに混ぜ込んだスペシャルかりかりを、専用の器二つにたっぷり盛って。
じっと見上げる長男と次男の前に置いてやりまして
ディナータイムの始まりでございます。
時間と手間をかけた分、自画自賛ながらいっそう美味しく感じます。
お嬢様も、なにかと別邸でのお時間も増えます昨今に
ご自身のためだけのスペシャルディナーなど、料理から楽しんで頂くのも一興かと存じます。
ぜひお試しくださいませ。