時折強く吹く春風が、新しい時候の訪れを感じさせてくれます。
葉桜へと変わるこの季節を名残惜しく感じる能見でございます。
お嬢様、お元気でいらっしゃいますでしょうか。
平成の時代に長年重ねて参りました伝統も、来月で一区切り。
新たな令和という時代へと、一歩を踏み出すことになります。
新しい環境をお迎えのお嬢様。どうか決してご無理はなさらず。
より一層のご活躍と幸福な毎日であらんことをお祈り致します。
変わらないと思っている、あるいはそう思っていた日常が、
一瞬視界からブラックアウトして、また普遍的な毎日が始まる。
新しい時代の始まりとは、私の中ではそうなのかも知れません。
ただ心の奥底に残留するのは、僅かな違和感とノスタルジー。
さて、最近は考え事が深くなってしまいまして困りますね。
誰もいないティーサロンを後に、自室へ戻ることに致します。
庭園に咲いた桜も随分と散りゆき、初夏の訪れを感じます。
使用人寮の明かりも灯っているのは二室だけでございました。
自室の扉を開けると、古びた書物とインクの香りが広がります。
机には赤い燕尾服での写真と、Coteaux-champenoisのコルク。
積み上げられた紅茶やサービスの資料。そして、その上に。
当家の紋章が描かれた小さな箱。一年前の冬に感じた違和感が。
リボンを手解き、中を覗き込みますと。
深く輝く翡翠色の宝石がございました。
お嬢様。私から平成最後のご報告でございます。
明日から「グルームオブチェインバー」に着任致します。
一日でも早く、エメラルドの似合う使用人になれますように。
これからもよろしくお願い致します。
能見