敬愛せしお嬢様へ。
嵐がひとつ過ぎる度に、秋へと一歩づつ近づいているようでございます。
肌寒い日もございましょうから、ご面倒でもお上着はお持ちくださるようお願い申し上げます。
さて、お嬢様には馴染みの場所というのはございますか?
街中のカフェの決まった席。河辺の眺め良きベンチ。あるいは庭園の木陰。
まるでもうひとつの家のように、そこに居れば一息つけるといった場所が人にはございます。
私にとってそれは長らくの間、とある地下のバーでございました。
数年前に疲れはてた身を引きずり歩いていたある夜に、漏れ聞こえてきた楽器の音に惹かれて足を踏み入れたそのバーに、いつの間にか日常の一部のように足を運ぶようになり、多くの夜をこの場所に身を浸して越えて参りました。
多くはただ良き音に揺られながら静かに。時には賑やかに、希に混沌とした、数えきれぬ夜を過ごしたこの馴染みの場所でしたが、看板を下ろし眠りにつくこととなりました。
私的にはもちろん残念でございますが、時間は大河のように流れ、人は常に歩みを進め、それと共に全ては移ろうものでございます。
ただただ多くの感謝をこのカウンターとバーテンダーに贈り、記憶の中に仕舞うと致しましょう。
多くの寛ぎと音と時間に感謝を。
バーとはその名の通り、止まり木のように一休みできる場所。
私も、多くのノイズに惑わされてその本質を失うことがないように、思い上がらず、表層に惑わず、されど妥協せず。
ただ歩んで行こうと思います。