夏の終わりが刻一刻と迫って参りました。
来年も素敵な夏を、と切に願う能見でございます。
お嬢様、お元気でいらっしゃいますでしょうか。
四季の中でも終わりという言葉が相応しいのは、
やはり夏だけであると私は強く感じております。
幼少期に刷り込まれた、八月三十一日という記憶。
夏休みという存在は私にとって偉大でございました。
終焉がある故、儚く、そして美しい。左様に思います。
世にある沢山の物語も結末を想像する楽しさがございます。
それは小説や映画といった虚構の中のお話だけでなく、
無論、現実にも人の数だけ存在しているに相違ありません。
と申し上げた手前であり、大変恐縮でございますが、私は
終わりというものがどうしても得意になれそうもありません。
例え大団円で幕を閉じたとしても、寂寥の気持ちが残ります。
その続きを私は知り得ないという心緒からなのでしょうか。
経験と時間が解決してくれるであろうと考えるのを止めました。
もう少し成熟した精神を得た際に再度検討することに致します。
私は答え在るものに縋るような気持ちで自室へと向かいました。
使用人寮の廊下を歩いていると賑やかな声が聞こえております。
私は自室にて擬テータ関数についての勉強を始めました。
証明を超えて直感のみで数式を組み立てたラマヌジャン。
インドの魔術師による奇妙な世界に触れてみようと思います。
さぁ、どのような奇跡の数式が待ち受けているのでしょうか。
数時間の格闘の末、わけわかめ、意味とろろでございました。
……私の実力ではかなり時期尚早だった模様ですね。
恐るべし奇跡の天才数学者シュリニヴァーサ=ラマヌジャン。
本日は彼に完敗。タージマハルビールを頂いて就寝致します。
能見