過ごしやすい今のうちにどこか遠出してみたいものだなと考えながらも、お屋敷のお勤めを投げ出すわけにもいかず、机の上にひたすら積み重ねられていく紅茶のサンプルとにらめっこをする毎日を過ごしております。
伊織でございます。
今でも他人に顔を見られるのが苦手なようで、紅茶を入れながらもハーフメッシュのフェイスマスクを脱ごうとしない仙場に、ふと思いつきで説得を試みてみました。
どうもまだフランス外人部隊にて狙撃手をつとめていた頃を忘れられないのか、放っておくとすぐ物陰に潜み、風を読む癖が抜けない仙場――しかし彼も今は立派な使用人の一人でございます。紅茶を淹れるだけでなく、もっとお嬢様のためにできることはないかと考え、彼にアイスクリームを提案してもらうことにしたのです。
「アイスクリームを作りたいんだけど、どんなものがいいかな?」
と、糸電話ごしに話しかけてみると、
「I scream? NO! You scream!!」
と、2発ほどライフル弾を打ち込まれてしまいました。
2ヶ月も前に風穴を開けておいてくれれば、風通しがよくなったと喜べたのですが、まだ仙場は日本の季節感覚に慣れていないようです。
15分後、彼が私室にしている裏山の塹壕から通信が入りました。
「2ハツ ウッタノニハズシタ。ウデガオチタ。スマナイ センバ」
どうも謝るポイントが、まだ日本人とはずれているようです。
30分かけてようやく「Ice Cream」が作りたいということを理解してもらい、最終的には「ハチミツのセミフレッド」を作ることに決まりました。
なんでも、戦場で孤立し、ライフルと残弾だけを頼りに4日間過ごした経験があるそうで、その際、空腹と緊張で限界を迎えようとしていた彼に、ハチミツをそっと分け与えてくれた遊牧民の少年が忘れられないのだというのです。
少年は遊牧民には珍しい黄色い肌に真っ赤なシャツをまとい、ころころと太っていたのだそうです。
ああ、すでに限界を迎えてピリオドの向こう側まで行ってしまったのだな、と思ったものの、これ以上わたくしの部屋に穴を開けられるのも遠慮したいため、だまってハチミツをセミフレッドということで納得することにいたしました。
やさしいハチミツの風味にセミフレッド特有の触感を、仙場が出会ったやさしい少年の心を表現したハートとともに、ぜひとも召し上がってください。