静かな良き夜でございますね、お嬢様。
暗い執務室でタイプライターを叩く、怪しげな時任でございます。
昨日まで入道雲が湧きそうな青空だったのに、
思い出したかのように降り注ぐ雨が、窓を静かに叩いております。
お嬢様、どうか御身体を冷やしませぬよう。
もし雨に降られたならば、暖かいシャワーを浴びて、熱い紅茶をお飲みください。
そうだ、久々に堤がロイヤルミルクティーを入れましょうか。
雨に打たれて、なんだか心まで冷えてしまったような夜には、甘く暖かいものをゆっくりお召し頂くのがよろしゅうございます。
人の一生はよく、旅に例えられます。
とてもとても長く、そして目的地もわからない旅に。
何も解らずヨチヨチ歩いているうちに、いつしか歩き方を覚え。
何度も転んでさんざん周りに迷惑を掛けながら、いつしか目的地に近いものを見つけ。
道に迷い、行き止まり、回り道をしながら、旅をしてゆくのです。
ときには、多くの仲間と肩を並べて歩み。
ときには、その仲間たちと道を違えて歩き出すこともあるでしょう。
たとえ、何も見えぬ夜道を一人で歩いて、道を見失いそうになったとしても。
どんな時でも、足を踏み出さなければ何も成せないことを
転げた時に支えてくれる手がなくても、立ち上がれる強さを
歩いていればそのうち朝が来るさと、笑っていられる明るさを
きっと心のどこかに持っているはずです。
なぜならば。
長い旅路の中で、人との出会いの中で。
知らないうちに、お互いに分け与えあった贈り物が、心の中にたくさんあるはずだから。
深い洞窟の中で輝く、眩い財宝のようなその贈り物は。
貴方が旅路の中で、ひとつ、またひとつと、集めたものだから。
誰かと、ここで道を違えたとしても
貴方も、その誰かも、眩い財宝のひとかけらを分かち合って
それぞれの旅路を歩き始める、のですから。
泣いてしまったとしても。
その誰かが、あなたと出会えて幸せだったことは、信じてあげてください。
どうか、よき旅路を。