先日のことでございます。
「たまには夜の散歩も良いだろう」と思い立ち、出かけることにしました。
最近は肌寒さもなくなり、心地の良い風が吹き抜けていきます。
久々にゆっくりと歩く夜道は、湿り気を含んだ空気と共に私の心をしっとりとほぐしてゆきます。
辺りで鳴く虫の声が意外に大きいことに驚いたり、月が満月であったことに気がついたり・・・
普段の忙しさにかまけ、この様な事にも気付かなくなってしまっていた自分に少し反省してしまいました。
「あぁ、なんて有意義な時間なんだろう。今度田辺執事にも是非勧めてみよう・・・」
などと考えながら歩いていると、どこからともなく猫の鳴き声が聞こえてきました。
「にゃぁ~・・・」
大変心細そうな声です。
また鳴き声が。
「にゃぁ~」
試しに呼びかけてみることにしました。
『ニャーー』猫の声を真似てみます。
「にゃー?」
するとどうでしょう。
なんと向こうからも返事が返ってきたではありませんか!
しかも、先ほどの様な心細さの無い、一段張りのある声です。
しばらくして物陰から一匹の猫が出てきました。
アメリカンショートヘアのような毛色の、お世辞にも美しいとは言い難い顔でしたが、目と鼻がぎゅっと真ん中に寄った、なんとも愛嬌のある猫でした。
猫はグルグル喉を鳴らしながら私の前まで来ると、そのまま寝転んで甘えてきました。
・・・猫に吸い寄せられる私の手。
毛並み和柔らかく、人懐っこさからも恐らく飼い猫であることが想像できます。
「こんな所でどうしたんだい?君も夜の散歩か?」
話しかけると、夜の為、大きくなった黒目で私のこと見つめてきます。
・・・・たまりません。
そして猫は、今度は起き上がると勝手に私の膝の上に飛び乗ってきました。
「えっ!おい!?」
慌てる私にかまわず、そのまま前足を肩にかけてきます。
どうやら抱っこして欲しいようです。
もはや猫か私か、どっちがされるがままなのか分からない状態で抱き上げました。
私の腕の中にすっぽり収まり、満足そうに喉を鳴らす猫。
思わず『このまま、走って屋敷に持って帰ろうか』?
などとよからぬ思いが脳裏をよぎります。
こんな、初対面の人間を警戒しない猫に出会ったのは初めてでございます。
きっとご主人の愛を全面に受けて育ってきたのでありましょう。
邪な思いをぐっと堪え、彼を下におろします。
「またな」
そう言ってやると、猫は一瞥してもと来た物陰に消えていきました。
満月の夜。
ひょっとすると私は猫に化かされたのかもしれません。