日誌

ご機嫌麗しゅうございます、お嬢様。
隈川でございます。

何年も前の話ではあるのですが、セカンドスチュワードの伊織に【英国執事〜貴族をささえる執事の素顔〜】という本を借りました。

この本から学んだ当時の英国での貴族の方々の生活や使用人たちの実情は私の心を深く魅了しました。

滅私奉公の心を持ち、忠義を尽くす彼らにもそれぞれの人生や個性があったのだなぁ、と想像して勇気をもらったものです。

実話を中心に少し捻くれたエピソードやユーモラスな内容も多くございまして、そこも愉快でした。

中でも印象に残っているのは、若きフットマンが仲間の使用人たちに囃し立てられ「仮装パーティ」に身分を隠して参加して、自らの主人である憧れの奥様と一曲踊る、というお話。

同じ使用人からするとなんとも畏れ多いゆき過ぎた行為だと軽蔑しつつも、少しロマンチックに思います。

つい最近、記憶の中のこのお話を取っ掛かりに歌詞を書いた楽曲を執事歌劇団にてお披露目いたしました。

もちろん本のお話のままというわけではなく、僭越ながら私なりに構築させていただいた物語仕立ての楽曲。

もしお聴きいただく機会がございましたら、様々なご想像を膨らませて歌詞もお読みくださいましたら幸いです。

それではまた。

隈川

学び

ご機嫌麗しゅうございます、お嬢様。
隈川でございます。

改めまして本年もよろしくお願いいたします。

2022年。
個人的な今年の目標はいくつかあるのですが、その中のひとつが【学びを疎かにしない】というものでございます。

学びと申しますと勉学をご連想されるかもしれま…
ああ!お嬢様、そのように怪訝なお顔をなさらないでくださいませ!
何も学校の宿題や社会勉強だけが学びではありません。

私がここで申しあげる学びとは、身の回りにあるあらゆるものから得られる、経験、疑問、気づき、興味。その全てのことです。

例えば、失敗してしまったとき。
そこには羞恥心や悲しみ、もしかすると理不尽に対しての怒りなどがあるかと存じます。ですが、それ以上にその失敗を経てしか得ることのできない気づきや疑問があり、その疑問を解消する為に悩み、調べ、考えたならば、その先には学びの機会が潜んでいるのです。

それは『同じ失敗を繰り返さない為に』という単純なものではなく、そもそもの失敗の定義、固定観念や常識を見つめ直すきっかけになるかもしれません。

朝の光の中に。
毎日歩く道の端に。
友人の表情に。
貴方がお召しの服の生地に。
過去のトラウマに。
魅力を感じなかった音楽に。

改めて視点を変え、疑問を持ち、考え、調べれば、そこかしこに学びが宿っているのです。

私は今年、それらを大切にしたいと思っております。

なんとなく過ごしてしまえば、あっという間に失われてゆく時間の中で、より多くのことを学んでゆければと…あれ?お嬢様?

…眠っていらっしゃる。
これもまた自己満足の語りは控えねばならぬという学び、でしょうか。
なるほど。

隈川

寮長金澤

ご機嫌麗しゅうございます、お嬢様。
隈川でございます。

永らく不在でした使用人寮の寮長にグルームオブチェインバーの金澤が就任したそうです。おめでとうございます!

使用人寮に身を置く私にとってこれは大ニュースでございます。

なにせ紅茶やお菓子に長けた金澤ですから、もう少し世の中が落ち着いたら寮長主催のアフタヌーンティーパーティなとが開かれるかもしれませんし、そこで金澤特製のロイヤルミルクティーや焼き菓子などがいただけるかもしれません。

しかし…
ひとつ気になることが。
「金澤が怒っているところは誰もみたことがない」という噂がございます。
仏の金澤。

普段穏やかな方ほど怒らせると怖いと申しますし、金澤を怒らせてしまったらどうなってしまうのでしょう…

門限を破らないよう気をつけたいと思います。

隈川

ご機嫌麗しゅうございます、お嬢様。
隈川でございます。

私、最近特に何もないところで転ぶことが増えました。疲労で足が上がっていないのでしょうか。

七転び八起きなどという言葉がございますが、一回転んだだけでも周りからの冷ややかな視線や肉体的損傷で泣きたくなってしまいます。私は我慢強いので泣きませんが、百合野ならきっと泣いていたはずです。

使用人たるもの立っていること、歩くことも仕事の一つ。歩き方を見直さなくてはなりませんかね。

隈川

必死に頑張ります

ご機嫌麗しゅうございます、お嬢様。
隈川でございます。

庭園の噴水周り。
緑の薄れた葉を掃いておりますとすっかり夏が終わったのだなぁ、と季節の移り変わりに実感が湧いてまいります。

私事ながら、秋はティーサロンにて執務や給仕を仰せつかるようになった思い入れのある季節。ちょうど10月頃でございました。

ちょうど8年前。
お食事に使われている食材やティーカップ、飾られている調度品、種類豊富な紅茶やハーブ、ワイン。難しいカタカナを呪文のように呟きながら一生懸命お勉強していた当時のことを今でも覚えております。

当時の私はぎこちない所作、震える手で注ぐ紅茶、お世辞にも褒められた使用人ではなかったように存じます。
正直に申しますと、何度も心が折れそうになりました。

「理想の給仕」なんて口にするのも烏滸がましく、使用人仲間たちが給仕を語り合う中、なるべく目立たないよう、その場にいることが恥ずかしく口をつぐんでおりました。

それでも、お役に立てることが少なくても、何か取り柄を作ろうと必死でした。できないなりに努力で補えることは全部やろうとがむしゃらでした。

今の私は8年前の自分と比べてどうでしょうか。

たしかに知識も技術も新米の頃よりは幾分マシになりました。

ですが、あの頃の方が使用人として大切な謙虚な必死さを持っていたように存じます。

滅私奉公。
誇ることなかれ、驕ることなかれ。
使用人として当たり前のことです。

改めて自身を鑑みますと
「自分はスワロウテイルに必要な使用人の1人なのではないか」
そんな恥ずかしい思い上がりが無自覚ながら心の中に生まれていたようにも思います。

9年目を迎えるこれを機に初心に立ち返り、もっと必死になることにいたします。

全力でお嬢様のお役に立てることを見つけられるように頑張ります!!
見ていてくださいませ、お嬢さ、

…え?掃除の手が止まってる…?
…そういうところがよくない?

し、精進いたします。

隈川

最近のえりお君

ご機嫌麗しゅうございます、お嬢様。
隈川でございます。

窓の外の風の香りも変わり、秋の訪れを感じる今日この頃。

部屋で育てている、エリオカクタス(サボテン)のえりお君。
なかなか変化がないと思っておりましたが、昔の写真と見比べてみましたら気付かないうちに2倍くらいのサイズに育っておりました。

私自身も気づかないうちに変わっていたりするのでしょうか。それが成長であることを願います。

ところで私、えりお君にはときたま話しかけているのですが、そろそろ返事をするようになるかもしれません。

隈川

聞き上手の絢辻くん

ご機嫌麗しゅうございます、お嬢様。
隈川でございます。

気がつくとティーサロンに身を置くようになってから、随分と長い年月が経ちました。(この文言も定期的に申し上げているような気もします)

私のような若輩ですら、既に先輩よりも後輩の方が多いというのも驚きです。

ところで、実は最近個人的に尊敬している後輩が何人かいるのです。
今回はその中の1人、絢辻について少しお話したく存じます。

滅私奉公を美徳とする使用人たちもやはり人間。それぞれに個性やポリシーがございます。この屋敷において、絢辻はそんな使用人たちの調和を保つ役割を果たしているように思えます。

お嬢様も絢辻と会話をしたことがあれば恐らく覚えがあると思うのですが、彼は非常に聞き上手なのです。

使用人同士での会話も決して邪魔することなく最適なタイミングで相槌を打ち、インテリジェンスを感じさせつつもそれを決して鼻にかけることのない言葉を返します。

同様に人の話を引き出し、引き立てることに秀でている熟練の使用人には金澤や時任、大河内が思い当たりますが、絢辻は彼らに引けを取らぬ資質を秘めているように存じます。

自論でございますが人間は「発信型」「受信型」「圏外型」に分けられるのではないかと考えます。

私のように口数の多い発信型の人間としては、絢辻のようにきちんと言葉を受け止めて返してくれる受信型の人間はとても尊敬します。ちなみに圏外型はそもそも人と話を成り立たせる気がない人間なので、使用人にはほとんど当てはまることはございません。(そういう方にはそういう方で恐らく美学があるのでしょうから、一概に悪いことではありません)

昔から「使用人に必要なのは自身から発するユーモアではなく、受け答えのウィットである」と言われております。その点で申し上げれば彼ら受信型の使用人たちの在り方には美しさすら覚えます。

人と言葉を交わすとき、相手を不快にさせず、且つ賑やかいだ雰囲気を作るのはとても難しいことです。

立場や状況、精神状態一つで同じ言葉でも違った形に捉えられてしまうことすらございます。丁寧に丁寧に相手の言葉を受け取っている証拠なのでしょう。

恐らく、絢辻は良い本を沢山読み、様々な経験を重ねてきたのだろうな、といつも感心します。

お嬢様も、もし彼と会話をする機会がございましたら、是非色々な話題を持ちかけてみてくださいませ。

…さて、恐らく受信上手な絢辻のことですから私のこの日誌にもきっと目を通してくれているはずです。

絢辻くーん!沢山褒めたので何かご褒美をくださーい!!

隈川(悪い発信型の見本)