日誌

敬愛せしお嬢様へ
夏の日差しとは、ここまで熾烈でございましたでしょうか
お日傘手放せぬ日々が続いておりますが、どうか水分の摂取もこまやかに、ご体調くれぐれもお気をつけいただきお過ごしくださいませ。

さて、私事でございますが
時任は先日、大旦那さまのお許しと数日のお暇をいただき、名古屋へと足を伸ばしてまいりました。
お伺いしたのは名古屋駅からバスで一駅、「ノリタケの森」でございます。

ティーカップを愛する身として、一度はお伺いしてみたかった場所です。
ほんの少しだけ、ずっと探し続けているいくつかのカップをリーズナブルに入手できるのではないかという心も有ったり無かったり致しましたが、
いえいえ、主目的はカップ文化の聖地として勉強させていただく事ですとも。

バスを降り立ちますと、英国庭園風に整えられたお庭をジリジリと夏日が焦がしておりました。
よき夏の光景ながら暑さが恐ろしく、足早に庭園を通り抜けようといたしましたが
あまりに庭園が広くまた美しく、ついつい木漏れ日を見上げて写真を撮ったりしておりましたら
本棟に辿り着く前に汗だくになってしまいました。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

名古屋の地は暑さの質が違うとは伺っておりましたが
たった2時間ほど高速鉄道に揺られただけでここまで違うとは
恐るべきことでございます。

それでもせめて木陰を縫うように陽を避けて、正面にございました赤煉瓦風の本棟に辿り着きました。
アーチには、先方の家名か先祖伝来の向上か、たくさんの言葉が表記されている中に
燦然と輝く「ノリタケミュージアム」のレリーフがございました。
ようやくここに辿り着いたのだなと、感慨に浸りながらも近代的な硝子の扉を潜らせて頂きますと、まずは暑さに疲れた体を包み込んでくれる心地よい冷気に包まれました。

さすがは名だたるノリタケ。来訪者への気遣いも素晴らしい。
見れば、想像していた以上に広々としたスペースは、賑やかな雰囲気で
老若男女、大勢の方々が買い物籠を手に賑やかに行き交っておられました。
見上げれば、人々を誘う幾つもの案内板

曰く「スイカ小玉が特別に20%オフ!夏のデザートは冷やしたスイカで決まり!」
曰く「肌触り最高のバスタオル10枚セット、真夏のキャンペーン10枚セットでお得!」
曰く「タイムサービス!港直送の鯵の切身がこの価格で!」

‥‥はて。

どう見ても、ここは庶民の味方たる現代風市場にて、地元民の憩いの地、大手スーパーマーケット。
お嬢様方はご存知ないでしょうが、私のような庶民には見慣れた光景が広がっておりました。

これはいかなる事態かと、手近な案内板をじっくり眺めてみましたら

ノリタケミュージアムは、この地の皆様の協賛により運営されている場所。
それゆえに、この地の民たちの憩いの地としてこの館はあり、このような商店やモールなどが数多くございます中、その一角を占める形でノリタケミュージアムは在るようでございました。

つまり、地図を見たところ庭園の逆サイド。
ちょっと再びあの日差しの下に出ることに二の足を踏んだものの
しばし涼ませて頂き元気を取り戻し、改めてミュージアムへと向かいました。

‥‥スイカも買いました。

改めて庭園を抜け、少しばかり離れた棟の小さなアーチ。
ようやく目的のミュージアムに辿り着くことができました。
入館してみれば何とも眼福なティーカップや、陶器の数々。
今はノリタケとともに歩んでいる「大倉陶園」の品々も並び、とても素敵な眺めでございました。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

もちろんティーカップのみならず、ディナーセットやアフタヌーンティーセット
あるいは美しいグラスの数々など。使用人なら心躍らずにはいられない品が揃っております。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

また、時間の都合が叶いませぬゆえ見送りましたが
カップの絵付けなども体験できるようであり、サロンに第三のオリジナルカップを‥をいう野望を一瞬抱いてしまいました。

いつか機会を設けて、桐島や隈川や百合野とともにこの地に参り、お嬢様のためのカップを絵付けしたいものでございますね。

夏の夜にはちょっと変わった怖いお話を

敬愛せしお嬢様へ

いささか早い夏の訪れに、アイスティーのおいしさが一段と増す季節となりましたが
暑さが過ぎる日々、お嬢様におかれましてはご健勝にお過ごしであられますか?

わずかでも涼しさをお届けできるよう、よく冷えたジントニックやフローズンカクテルをお持ちしたいのは山々でございますが、ご別邸におられるとなかなかそうもまいりません。

猛暑の中、わずかなりとも涼を得るための文化の一つに怪談がございます。
いわゆる「怖い話」でゾッとして暑さを忘れるわけでございますね。
ですが、怖いお話が苦手というお嬢様も居られましょうから
今宵は怖いお話をお届けするのではなく、お化けや幽霊といった存在に関する数多の学術的見地から、ちょっと面白かった一節をお届け致しましょう。

人が幽霊など「怖いものを見た!」という体験談はよく聞くところでございます。
全てを真実と断ずることはできませんが、逆に全てを虚実と断ずるにはあまりにも目撃件数が多過ぎる感もございます。

ならば、幽霊を見るとはどういう現象なのか
それをいくつかの視点から検証した学説でございます。

一つ目は「目の錯覚」と「思い込み」。
お嬢様も、街角に白いビニール袋が転がっているのを白い猫かと思ってしまったり
お部屋で小さな紙切れが風で動いたものを、虫か何かと思って驚いてしまったり、そんな経験はおありでしょうか

なぁんだそんな話か、と感じられるかもしれませんが。
錯覚というのは人間のメカニズムの根本に関わる現象でございます。
そもそも「見る」という感覚は、レンズが捉えた映像をモニターに映すような直接的なものではなく
眼というセンサーが捉えた刺激が信号として脳に送られて、
脳がその信号を処理して「こういうものが見えています」と映像を生成するという
極端なことを言うと、チャットGPTの画像生成を一度通したようなプロセスでものを「見て」いるのでございます。

よって、脳が処理できなかった信号は「見えなかった」り「違うものに見えた」りする事が稀にある訳です。
例えば、すぐそばに知人が立っていたのに気付けず、声をかけられてビックリしたことはございますか?
視界は常に広範囲にひらけておりますので、知人は視界には入っていたはずでございます。
しかし脳が眼からの信号を処理する際に、目の前の別なもの、、、例えば信号やスマートフォンや本などのより重要と意識した情報を重視してしまい、確かに視界に入っている知人のお姿を情報処理しなかった訳でございます。
この時、その知人の姿は「その他の風景」に過ぎず、確かにその場にいるのに見えてなかったことになります。

この脳の情報処理には逆のパターンもありえます。
最初にお話しした「錯覚」「思い込み」のパターンでございますね。
例えば怖い話を聞いた夜、お一人で暗い夜道をご別宅へと歩んでいたとき
仮に「白い和服を着た老婆が、自宅前に座り込んで待っていた‥」なんて怪談を聞いてしまったとして、ご別宅前にたまたま、白い古毛布が捨てられていたら

暗い夜道を歩きながら、考えまいとしても脳は不気味に座り込む老婆の姿を何度も想像してしまっていることでしょう。
脳は「白い和服を着た老婆」という資格情報を恐怖という感情と結びつけて、眼から信号が入るたびに「怖いものがいないか」「白い和服の人がいないか」を過剰にチェックしてしまいます。

そんな偏った処理状況で、偶然にも路上にある白い毛布などという見慣れぬものを見てしまうと
目が捉えて送った信号は間違いなくただの毛布なのですが
怯え警戒していた脳は、その白い人間大の布をいう情報に過剰反応してしまい
それを恐れに恐れていた「白い和服の老婆」だと情報処理してしまい、そういう光景を生成してしまうわけでございます。
おおよそ世に溢れる「幽霊の目撃」情報の大半はこの現状に基づくものではないでしょうか。

とまぁ、ここまでが普遍的によく言われる「幽霊の科学的解釈」というものですが

友人の伝手で聞きかじりました、脳科学の研究からの与太話に一つ面白いものがございましたので
そちらもご紹介いたしましょう。

先程から申しております、眼から脳への「信号」
この正体は「電気」だそうでございます。
それどころか、資格や聴覚、そして思考に至るまで、遍く脳による活動は微細な「電気信号」が常に関わっているそうでございます。

さて、この電気というもの。
通常は定められた回路を順当に流れるものでございますが
大地を何度も水が流れると水路が穿かれて、水の通る道が決まるように
同じような電流が何度も何度も流れたり、強烈な電流が流れたりすると
電気もまた、流れやすい道が道が作られたりするようでございます。

そして此処からは与太話めいた仮説となりますが
思考や語感もまた電気信号である以上、同じ場所で同じように思考したり、同じような日常の光景を見聞きしている、、、すなわち同じような電気信号が発生し続けていると
その空間なり物質なりが、その電気信号が流れやすくなっていくのではないかと仮定いたします。

そこで暮らしていた、どなたかがお隠れになったとして

その場所に刻まれた電気の通り道に、静電気など何かしらの理由で電気が通り
ありし日の個人の思考や、あるいは周囲の方が見ていた視覚の信号が再現され

その発生した電気信号を、その場にいた誰かの脳がキャッチしてしまう事があったならば

在りし日のままの姿を、その場に幻視したり
あるいは故人のかつての思いを受け取ったりということも
もしかしたら有り得るのではないでしょうか。

そんな「幽霊=電気信号説」もなかなか面白い与太話でございました。
因みにこの説に基づくと、「霊感の強い人」というのは「脳の電気信号の感度が高い人」なのだそうでございます。

かつて私に友人に、ご祖母が亡くなられた夜、夢にご祖母様が現れて「箪笥の一番上の奥を見るように」お告げになり
翌朝友人が箪笥を調べたら、ご祖母様が家族のためにこっそり貯めていた貯金が出てきたというお話を聞いた事がございます。

この説で言うなら、ご祖母様の家族を想う気持ちが電気になって残っていたのでしょうかね。
‥‥電気と言うとやはり何かロマンが無いですね。
でもまぁ

電気でも良いし、
箪笥の貯金もなくて良いですから

もう一度声を聞きたい、話してみたい人というのは
きっと誰でも居る事でしょうね。

スプリッツァーゼリーの作り方

敬愛せしお嬢様へ

そろそろ暦も夏に入り、暑さも増してまいりましたがいかがお過ごしでございましょうか。
この時期になりますと、お嬢様の食が細くなっておられないか心配になってまいります。
お疲れの日など特に、少食になってしまわれる日も多いかと存じますが
暑さで体力を失いやすいこの時期こそ、お食事はしっかりお召し頂くのが肝心でございます。

そこでお食事前の口慣らしとなる前菜が大切でございます。
お野菜や果物、あるいはアスピックやカルパッチョなど、さらりとお召し上がり頂けるものを摘まんで食欲を呼び覚まし、メインディッシュをより美味しくお召し頂くのが前菜の役目でございます。

しかしお疲れのあまり、果物にも手が伸びぬこともありましょう。
そんな夜におすすめの前菜が「白ワインのスプリッツァーゼリー」でございます。
いえ、ギフトショップの新商品ではございません。ご別宅用のおすすめレシピです。
案外ゼリーというのは簡単に作れるものでございます。
材料をゼラチン粉末と共に煮込んで冷ますだけ。
作りおいて冷蔵庫で冷やしておけば、夜に疲れて別邸に戻られた時
さらりと難なくお召し上がり頂け、食欲を呼び覚ましてくれる最高の前菜がいつでもお召し頂けます。

作り方は簡単でございます。
白ワインを用意します。飲み切れなかったハウスワインなどで構いません。

粉ゼラチンを入れて煮ます。ゼラチンの量はワインのフルボトル(750ml)丸々一本なら30gくらいですので、ワインの残量に合わせてご調整くださいませ。
粉ゼラチンはワインに入れる前に、少量のお水でふやかしてから入れますと、後でかき回してダマをほぐしたりする必要がなくなるのでお勧めです。

沸騰したら、お砂糖とレモンの果汁をお入れください。
好みによりますが、お砂糖はワイン丸々1本なら250gぐらい、レモン果汁は20mlほどでございます。
お砂糖とワインを溶かしたら火から下ろし、ワインと同量のお水を加えて冷ましてください。
程よく冷めたら冷蔵庫に移し、そのままお召し上がりになるときまで冷やしておけば完成でございます。

お召し上がりになる時は、お好みの量のゼリーをスプーンで掬って器に乗せるだけでございます。
この時ぐちゃぐちゃに崩れてしまっても大丈夫です。むしろ崩した方がほろほろと優しい食感でお召し上がり頂けます。
この時、お気が向いたらレモンやお好みの果物を刻んで混ぜ合わせる、更に美味しゅうございます。

夏の夜にもお嬢様にきっとご満足いただける爽やかな前菜ゼリー。
ぜひお試しくださいませ。

 

次のプリンセス

敬愛せしお嬢様へ
夏の足音が早くも耳に届くこの頃、いかがお過ごしでございますか

先日27日には、私め時任とフットマン椿木にてワインカクテル「Pretty pop Prinncess」をご用意させて頂きましたが、驚くほど多くのご用命とお褒めの言葉を賜ることとなりました。
光栄の至にございます。ありがとうございました。

このカクテルをご用意することとなった始まりは、ほんの些細な日常でございました。
まだ新人でありながら向学心に溢れる椿木はカクテルにも興味を持ち
その独特ながら尽きることなき感性のままに毎日毎日、私の顔を見る度に
「時任執事、〇〇と〇〇を混ぜたら美味しいと思いませんか?」と投げかけてきていたのです。

曰く、紅茶とカルピス
曰く、赤ワインと醤油
曰く、コーヒーとタバスコ

「‥いや君、その組み合わせ味見してみたのかい?」
「してないです!でも直感で美味しい気がします!」
「帰れ。」
「え?まだ給仕中ですが帰っていいんですか?」
「還って良いよ。土にな。」

毎日毎日、感性のままに投げかけられるエキセントリックな組み合わせ。
そう申しますれば、遙か過去‥ビバレージユニットの創世記に使用人たちにカクテルの基礎を教えたときに、いっぱいに並べた様々な材料を自分の感性で混ぜさせるという実施授業を行ったことがございましたが‥‥
‥あのときこの子がもしお仕えしてしまっていたらば。。

しかし日々いろんな組み合わせを提案され続けますと、30回に1回ぐらいは心を揺らす提案もあるものです。
(なお、残りのうち15回はゴミ箱送り、14回は「それは〇〇というカクテルだ」という既存のレシピと被っているという塩梅でした。)

そんな心に触れた組み合わせを寄せ集めて生まれたのが、カクテル「pretty pop princess」でございます。
そう、あの日。真っ直ぐな瞳の椿木が放った、あの言葉から
このカクテルは始まったのでした。

「時任執事!赤ワインとヨーグルトを混ぜたら美味しいと思いませんか!」

‥‥いや、ちょっと面白そうと思ってしまったのが運の尽きでした。
試作に次ぐ試作、改良に次ぐ改良
我ながらよく無事まとめられた物です。
お嬢様の笑顔という報酬は破格でございましたが、しばらくお休みさせて頂くか、次回は自分で考えてもらいまし‥

「時任執事!日本酒とアールグレイを合わせたら美味しいと思いませんか!?」

お嬢様。

実話でございます。

 

 

 

 

 

乞うご期待くださいませ。

 

 

日傘

敬愛せしお嬢様へ
春の桜が待っておりましたのも束の間、深緑が日差しに映える季節となってまいりましたね。

良きお散歩日和も多うございますが、そろそろ日差しも強く、日傘をお持ちいただくべき日も増えてまいりました。
お気に入りの日傘をクロークからお出しするべきか、新たなお気に入りを新調なさるか
どちらも素敵でございますね。

そんな日傘でございますが、実は歴史としては雨傘より日傘の方が歴史が古いことをご存知でしたか?
そう、なんと傘とは雨の日に使うものではなく、暑さや日差しを避けることから始まったそうでございます。

もちろん当時はご自身で持つものではなく、使用人のような侍従が差し掛ける大きな傘が主流でございました。日傘は貴人や王族が使うものであり、同時に権力の象徴でもあったようでございます。

それは雨の多かった中世英国でも同様でございました。
雨の日はどうしていたのかと申しますと、やむを得ず濡れて歩くのが普通だったようでございまして、ご紳士方のハットやトレンチコートは雨のときに体を濡らさぬようにする雨具として普及したと言う説もございます。
‥ご婦人方はどうしていたのか?でございますか?
それはもう、尊き令嬢は、雨の日に外出などせぬものでございます。

‥‥そう考えると、当時の令嬢はカメハメハ大王みたいな生き方だったのですね。

近年は文明も発展し、晴雨兼用の傘や、非常にコンパクトに携帯できる傘も増えてまいりました。
デザインや柄も美しいものが多く、機能だけではなくファッションとしても素敵でございますね。

ただ、やはり持ち歩くにはどうにもご面倒でございますゆえ、常々に時任としては文明の進化と共に、ドローンのように浮遊し、必要な時だけ呼び出すことのできるオート傘の登場をそろそろ期待したいところでございまして、
そういった技術畑の友人に、酒の肴がわりに雑談で申し上げましたところ

出来ているそうでございます。

ただ、傘は出来上がっているものの、制御が難しいそうでして、
今街中でも耐えず飛び交っている、ワイファイなる目に見えぬ波、これが途切れますと頭上に落ちてくるそうでございます。
必要な時だけご自宅から飛んでくる呼び出し型も開発されていますが同様の理由で、迂闊に制御に失敗するとミサイルのようにあらぬところへ着弾するかもしれないそうでして‥。

お嬢様。

世界の平穏のため、今しばらく科学進化をお待ちいただいて、
ご面倒でも陽の強い日は、御自ら日傘をお持ちくださいますよう、お願いいたします。

 

それは数十年前に夢見ていたもの

敬愛せしお嬢様へ
暑くなったり寒くなったりと、春への階段とはいえ高低差が激しい日々、いかがお過ごしでございましょうか。

こう気候が厳しいと、お暇を頂いた日もいつものような散策へと足が向かず、ついつい別邸に引きこもってしまいますが
先日、若き友人からぜひ試して欲しいとお招きを頂き、近代の「メタバースゲーム」なるものを体験させて頂きました。

近代の流行りにあまりに疎く、具体的なタイトルや種類までは記憶できませんでしたが
メタバースゲームというものは、ゲーム内に広大な仮初の世界を作り上げ、
その中を自由に冒険できるというものだそうです。

今でこそ様々な催しにおいて『時任ゲーム』なるものに携わらせていただいてございますが実はこの時任め、まだ大旦那様にお拾い頂くよりも遥か前、若き時分にソフトウェアなどに少々関わったことがございます。
当時あまりに限られた容積の中に少しでも楽しんで頂ける冒険を詰め込もうと四苦八苦しておりました私にとって、当時から夢想しておりました「現実とみまごうような広い世界」「異世界を自由に動き回り冒険できる空間」というものが、時代を経て現実化していることに、それはもう大きな衝撃と感動を得たものでございます。

幾つか体験させて頂いたのですが、ひとつはスタンダートな「剣と魔法の世界」。
このところ相次いで安らかに眠られた巨匠が優美に彩られたかの高名な竜と相対する冒険を先駆とする様々な小さな箱の中で、少年少女の時代に小さな冒険を楽しまれた思い出をお持ちの方も世代問わず多いのではないでしょうか。

それが今や、

人々が笑いざわめく西洋風の街並み、地平の果てまで雄大に続く山河や草原、森の奥に隠れていた古代の巨大遺跡、地下深くに続く神秘的な迷宮、その最奥で待ち構えていた天を突くような大きなドラゴン‥‥
その全てがまるで映画のように現実のように生き生きと展開されていく様は驚愕に尽きました。
そりゃ今の子供達が、ゲームは一日一時間なんぞで我慢できないはずでございます。

もうひとつ体験させて頂いたのは、映画「ブレードランナー」のような荒廃した未来都市でのメタバースゲーム。
古い趣味で申し訳ございませんが、作家ウィリアム・フォード・ギブスンをこよなく愛する私としては、この映画の世界のような荒廃した都市が丸ごと広々と画面の中に収まっていて
その中に住むブルジョワジーからギャングまで多彩な人々と自由に交流できるこの作品には、しばし時間を忘れるほど楽しませて頂きました。

国際色がごっちゃに混じり合い、何カ国もの言語のネオンサインが空を埋めるストリート。
そのさらに奥の空には、摩天楼のような巨大企業ビルが立ち並び、
3Dモニターのニュースキャスターが悲惨な国際情勢を訴える目の前を、ホログラフの錦鯉が優雅に夜空を泳いでいく‥‥

‥‥いやもう、ちょっとした観光旅行でございました。

正直、これにバーチャルモニターやらの技術が加わった日には
人類はもう外出しなくなるのではないかと危惧するほどでございます。

いやいや、借り物ではございますが、これは至福の娯楽でございますね。
もう少し、後学のため、お嬢様方のお役に立てるよう、もうちょっとだけ遊んでみましょうか‥‥

‥‥あ痛っ!

おやつの時間も忘れてモニターに向かってしまうと
容赦なく愛猫に踵を噛まれてしまうのだと思い知りました。

娯楽の発展は素晴らしいことでございますが、
お嬢様方もどうか、日常とのバランスは大事になさってくださいませ。

朋あり遠方より来たるまた楽しからずや

敬愛せしお嬢様へ
1月も終わりに近づき、随分と冬も深まってまいりましたね。
お嬢様方は新年をどのように過ごされましたか?
時任は例年の恒例でございます、旧友たちとの会合に今年も参りまして、
何十年経とうと変化のない面々と盃を交わしてまいりました。

永の友人というのは不思議なものでして。
日々が忙しくなってまいりますと、1年に一度だったり、友人によっては地方や海外に居住を移していたりと、数年間会っていなかった者もおりましたが、

久々に顔を合わせて話してみても、ドラマチックな感動も大仰な抱擁もなく、
毎週顔を突き合わせる飲み友達であった頃とまるで変わらず、
淡々とお互いの好みのお酒をオーダーし、何十年も変わらない与太話を交わして、
くだらない戯言で馬鹿みたいに笑って、
宴が終われば。次に会うのは何年後のことか知れませんが、
「また明日ね」ぐらいの気軽さで各々の暮らしへと戻っていきました。

友人というものは貴重なものでございます。
ただ、無理をして作ったり繋ぐものでもございません。
ただ自然に、話すべきを話し、離れるべき時は離れ、
それでもこのように、また巡りあった時には、何の気負いもなく楽しく話せる。
それだけでおそらく良いのでございます。

そんな、一年~数年に一度顔を合わせる友人たちとの、次の逢瀬を楽しみにしながら、
また一年を過ごしていこうと思います。