猛暑に紫陽花

敬愛せしお嬢様へ

冷夏との噂はどこへやら、大地を焼くような日差しがまぶしい季節となりました。
時任にとっては年に二度くる生命の危機を感じる時期でございます。(もう一つはクリスマス。)
この時期はくれぐれも、水分・塩分はこまめに摂取して頂きますよう、お願い申し上げます。

さて、そんな時期にあえて今更のご報告でございますが、 “猛暑に紫陽花” の続きを読む

人生をあえて旅路に例えるならば

静かな良き夜でございますね、お嬢様。
暗い執務室でタイプライターを叩く、怪しげな時任でございます。

昨日まで入道雲が湧きそうな青空だったのに、
思い出したかのように降り注ぐ雨が、窓を静かに叩いております。

お嬢様、どうか御身体を冷やしませぬよう。
もし雨に降られたならば、暖かいシャワーを浴びて、熱い紅茶をお飲みください。
そうだ、久々に堤がロイヤルミルクティーを入れましょうか。
雨に打たれて、なんだか心まで冷えてしまったような夜には、甘く暖かいものをゆっくりお召し頂くのがよろしゅうございます。

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安らぎは儚く

敬愛せしお嬢様へ。
この国の四季から、春や秋という季節はどこかへ行ってしまったのでしょうか。
いきなり元気になった太陽が、肌を灼く忌まわしい季節が訪れております。
早くも時任め、陽のあるうちはお外に出れない予感がしてまいりました。

そんな季節が来る前にと、先日、執務の合間を縫いまして、お屋敷から大脱走を敢行し、公園のお散歩に行ってまいりました。
代々木公園という、庶民の間でも憩いの地となる公園がございます。
時間があるときには時任も良く、画材を抱えて通っていた地でございます。

原宿駅の裏手を抜けると、石造りの大きな橋。
大きな鳥居を傍目に木々の間を抜けると、いきなり視界が開けまして、石畳の散歩道と両脇の芝生には、思い思いにひとときを過ごす人々の姿がございます。
時間の過ごし方というのは実に個性にあふれているもので。
お昼寝をなさる方、フリスビーやバトミントンを楽しまれる方、楽器を練習なさる方、絵筆をとられる方と、実に多彩でございました。

…入口近い石畳で、揃いの革ジャケットとサングラスで奇妙な舞踊を行っている一団がおりましたが、あれはかつて原宿に居たという伝説のある筍一族の末裔でございましょうか。

さて、愛犬のお散歩をなさっている方々とご挨拶をかわしつつ、天蓋のように樹々が茂る林を抜けますと、綺麗な噴水が空高々と吹き上がっているのが見えました。
まだ水辺で寛ぐには肌寒いころゆえ、湖面を横目に文庫本を開く…とは参りませんでしたが、水路沿いに歩く散歩道は風も心地よく、気分の良いものでございます。

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平穏そうに過ごす人々、どこからともなく聞こえる音楽、戯れる子犬たち。
なんと美しい、平穏な時間であることでしょうか。
どんなに多忙であっても、安らぎの時間というものは設けるべきものでございますね。

と、春先の平穏を感じていたのも束の間でございました。
青空に群雲が湧き出て来るかのごとく、平穏な公園に怪しげな影が湧いてまいりました。
私の平穏を薄暗く覆うその雲は、鮮やかな七色をしておりました。

文字通り突然に、公園に現れてパレードを始めたのは、赤青黄色と、鮮やかな色彩の衣装やスカーフに身を纏った、エキセントリックな風貌の方々でした。
筋骨隆々としたアメリカンライダー風の方、肌も露わな南米ダンサー風、もう何だかわからない方、色のみならずファッションも多彩です。
とっさに森林へと避難しつつ、茫然と見送っておりましたが。公園は瞬く間にその一団に占拠されてしまい、不可思議なパーティが目の前で展開されていきます。

「…なんなんですか、これは。」

茫然としながらも、思わず手元の世界大百科(通称グーグル先生)を開き、何事か確認してみましたところ。
「トーキョーレインボープライド」というイベントであり、世界的な由緒あるパレードであるようです。
…なになに、性的マイノリティの権利を主張するパレード…?

…。
……。

いえ、個人の主張や嗜好はそれぞれだと思いますので、どう主張しようが結構なことです。

ですが。
ああ、ですが。
目の前で乱舞する七色の輩よ。

私 の 数 少 な い 憩 い の ひ と 時 に 何 し て く れ て ま す か 。

………散弾銃持ってくれば良かっタ。

お嬢様。憩いのひとときというのは大切なものです。

せめて、お嬢様方の当家での憩いのひとときは、何としてもお護り致しますゆえ、ご安心してお楽しみくださいませ。

人狼の宴に向けて-壱

敬愛せしお嬢様へ
季節の巡りは慌ただしいもので、先日までは雪の花を咲かせていたお庭の樹々に、既に桜の薄紅が舞っているようです。
目まぐるしい日々の中なればこそ、体調を崩したりなさいませんよう、お食事と睡眠はしっかり取って頂いて、ご自愛下さいますようお願いいたします。

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月あかり

中秋とまでは叶わぬものの、先だっての夜に、実に良い月が出ておりました。
いつもの如く、執務室で書類に埋もれていた時任でございましたが、窓辺の誘うような月明かりに誘われて、しばし月見の酒と洒落込んでまいりました。
すでに冬の到来を予感させる寒気の中、庭園を照らし出す月の光はむしろ冷気を纏っているかのようで、いくら私とて、そう長くは飲めないなと苦笑しながら酒盃を傾けておりますと、
不意に、先達か居られたようで、月明かりをさえぎる人影が長く眼前に伸びておりました。

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