敬愛せしお嬢様へ
春を待ち焦がれながらも、なかなかに厚手のコートが手放せぬ日々でございますね
お嬢様におかれましては恙無くお過ごしであられましょうか
どうも寒くなりますと出不精になり、ともすれば運動不足ともなってしまいますゆえ
お暇をいただいた日、お天気が良ければふらりとお散歩に出るよう心がけております。
お散歩のコースはその都度に風の吹くまま気の向くままというところでございますが
この季節におすすめでございますのは、湯島から歩み初めて上野に至るコースでございましょうか。
ちょうど先日もそぞろ歩いてまいりましたゆえ、今宵はそんなお話などいたしましょうか。
湯島の周りにはこだわりを感じさせる個人店の喫茶店が多うございまして、
時勢の名残かテイクアウトに対応してくれるところも多うございます。
お気に掛かった紅茶や珈琲のテイクアウトカップを片手に、湯島天神の庭園に足をお運びいただき見頃の梅の花を眺めながら一息ついていただくのがお勧めでございます。
陽光の中、梅の花を見上げておりますと
肌寒い中にも一欠片の春は感じられるように思います。
湯島を抜けまして歩みを進めるは上野方面でございます。
この辺りの古い街並みは、雑多さとレトロ感が入り混じり、個人的に好みの界隈でございます。
映画「スワロウテイル」を思わせるアジアンパンク感というのでございましょうか。
この地に生きる人々の息吹をリアルに感じながらもどこかディストピアさを感じる
日常をかけ離れて夢遊しているような錯覚に陥れる界隈でございますね。
さて、人様の住まう界隈で勝手にいつまでも夢遊してるのも良くありません。
気分に浸りながらもさっさと移動いたしまして、踏み入れるは上野恩賜公園。
陽光に輝く不忍池を抜けて、美術館方面に足を進めますと
広場周辺ではよく、さまざまなパフォーマーが妙技を披露なさっている場に出くわします。
音楽や絵画、ダンスにマジックと日によって多彩で飽きることがございません。
この日はまるで某ネズミ王国のように、乾いたアスファルトの地面に撒いた水で絵を描くというアーティストの方が、広場そのものをキャンパスとして腕を振るっていらっしゃいました。
芸術というものの地平は実に遠大でございます。
上野公園を抜けます頃には日も傾き始め、この頃に雑然とした上野の商店街へと足を進めます。
上野駅前には20年も前には、聚楽台と申します当時としてもレトロなレストランがございまして
古き良き洋食はもちろん、なぜか拉麺や寿司やカレーまでなんでもありの謎の名店であり
若き頃、上野に参りますたびにお世話になっていた記憶がございます。
今では「じゅらく」と名を変えて小綺麗なレストランになっておりまして、昔ほどではないものの、今でもレトロでカオスなメニューはお楽しみいただけるようでございます。
お近くに寄られましたらお試しくださいませ。
しかし今宵はそちらではなく、より雑然としたアメリカ横丁へ。
1日の終わりを迎えようとしている物売りたちの元気な声を横に、得体の知れないジャンルの衣服なども冷やかしながら(そして時々、何に使うかわからない雑貨をつい買ってしまいながら)さらに上野の深層へと潜ってまいります。
最後に腰を落ち着けるのは、上野ノミヤ街と呼ばれます界隈。
路上にまで溢れ出たテーブルと椅子。どこまでが店舗でどこからが屋台かもよく分からぬような混沌の中で、酒盃を掲げ笑いさざめく老若男女が集う場でございます。
お店の当たり外れが実に激しゅうございますので、どこに腰を落ち着けるかは長年の直感と運次第。
ちょっとしたコツだけそっと申し上げるなら
「お店が古くて綺麗であること」
「お品書きが外にも掲示されていて新しいこと」は当たりのお店であることが多うございます。
こういった地元のお店の良いところは、気さくに周りの方とお話ができること
実に人種職種豊かに集う場でございますので
それはもう学生から芸術家や役者、公務員に政治家、貿易商にレーサーまで
毎回全く知らない世界のお話など聞けて見識を広めさせていただいております。
愉快なお話と美味しい酒肴を楽しんで、盃三つひとときほどにて失礼させていただき帰路につき
明日どのように今日の旅路をお嬢様にお話ししようかなどと考えながら夜道を歩む
そんなお散歩道でございました。
別邸に到着すると
お酒くさいと嫌がられて鼻先を猫に引っかかれるまでが
お散歩日和のワンセットでございます。